江戸時代の浮世絵師、 喜多川歌麿 ( きたがわうたまろ ) (宝暦3年・1753年頃? – 文化3年・1806年)の 『婦人相學十躰 ( ふじんそうがくじったい ) / 婦人相學拾躰 ( ふじんそうがくじったい ) 』 (婦人相学十体)、 『婦女人相十品 ( ふじょにんそうじっぽん ) 』。 ボストン美術館の.. 役者絵を描いてデビュー 浮世絵の歴史において、喜多川歌麿(?〜1806)は間違いなく美人画の第一人者である。ただ多くの浮世絵師がそうである.
喜多川 歌麿(きたがわ うたまろ、1753年(宝暦3年)? – 1806年10月31日(文化3年9月20日)は、江戸時代後期に活躍した浮世絵師。
来歴
生い立ち
本姓は北川、後に画姓は喜多川を名乗る。幼名は市太郎、のちに勇助(または勇記)と改める。名は信美。
生年、出生地、出身地などは不明。生年に関しては、通説の享年、数え54歳からの逆算で1753年(宝暦3年)とされることが多い。出身に関しては、川越説(関根只誠)と江戸市中(『浮世絵類考』)の2説が有力。しかし、墓所の専光寺は、寛政2年(1790年)8月26日、妻「戒名:理清信女」死去の際に菩提寺が無く神田白銀町の笹屋五兵衛の紹介で檀家となり、地方出身との意見もあり、他にも京、大坂などの説もある。
初めの号は石要で、次に豊章といい、天明初年ごろから歌麻呂、哥麿と号す。生前は「うたまる」と呼ばれていたが、直接本人を知るものが居なくなった19世紀過ぎから「うたまろ」と呼ばれるようになったようだ。俳諧では石要、木燕、燕岱斎、狂歌名は筆綾丸(ふでのあやまる)、紫屋。「筆綾丸」号では蔦屋重三郎「蔦唐丸」号とともに狂歌・吉原連に属した。そして天明5年の『四方春興、夷歌連中双六』で画号にも用いた。
鳥山石燕に教えを受ける
鳥山石燕のもとで学び、初作は1770年(明和7年)、「少年 石要画」とある石要名義の、絵入歳旦帳『ちよのはる』挿絵「茄子」1点。同ページ他、別人の「少年」付記の2人の弟子号の画があり、子供に画を教えていたとみられる。豊章名義で制作年代が特定の初作品は、富本浄瑠璃正本『四十八手恋所訳』(安永4年)下巻表紙絵。
「歌麿」名義では、吉原俄(にわか)を描いた1783年(天明3年)の「青楼仁和嘉女芸者部」「青楼尓和嘉鹿嶋踊 続」が最初期と言われ、このころは鳥居清長が天明末期から寛政初期期の全盛期に描いたすらりとした姿態描写の清長流の美人画だった。しかし、安定した構図と配色、衣装の緻密さに高い技量が窺える。
天明6年(1786年)から寛政2年(1790年)にかけて、蔦屋重三郎を版元として、当時流行していた狂歌に、花鳥画を合わせた狂歌絵本を13種刊行し、特に天明8年ごろ『画本虫撰(えほんむしゑらみ)』、寛政元年ごろ『汐干のつと』、同2年ごろ『百千鳥狂歌合』などが優れている。
天明8年(1788年)8月23日には、師・鳥山石燕が死去している。
「美人大首絵」で人気を博す
蔦屋重三郎の製作助力で、それまで全身画しかなかった美人画に、大首画を採用し、歌麿は背景を省略して、技法として白雲母を散りばめた絵とした。これにより、美人画の人物の表情に繊細な表現を付け、仕種や着衣、髪型の微妙な変化で、従来の美人画には見られなかった喜怒哀楽の感情や性格や心の様子を詳細に描くことが可能になった。
これを深めて、寛政2-3年(1790-91年)から描き始めた「婦人相学十躰」「婦女人相十品」といった「美人大首絵」で人気を博した。「婦人相学十躰」は、女性を相学的に判断し十種に描き分ける趣向で、署名に「相見歌麿画」とあり、歌麿が女性の仕種や化粧、着衣などの外見的要素から性格を描き分け、各自の女性美を表現するという姿勢を押し出している。「浮気之相」「面白キ相」「団扇を持つ娘」「指折り数える女」「ポッピンを吹く娘」の5作が描かれた。「浮気之相」では、「浮気」を陽気で派手な性格として恋する多情な女性を湯上りの姿で表現している。
「婦女人相十品」にシリーズ名を変更して「相觀歌麿考画」と署名し、「ポッピンを吹く娘」は両シリーズで発刊され、他には「文読む女」「煙草の煙を吹く女」「日傘をさす娘」3作が描かれた。寛政5-6年(1793-1794年)ごろの「歌撰恋之部」では、さらに女性の様相画を深め近接した三分身女性像で恋する女性の心境と諸相を描き分けた揃物を刊行した。蔦重との連携の下「無線摺」「朱線」「ごま摺り」といった彫摺法を用いて、肌や衣裳の質感や量感を工夫した。
「青楼仁和嘉女芸者部」のような、全身像で精緻な大判のシリーズや、「当時全盛美人揃」「娘日時計」「北国五色墨」など大首美人画の優作を刊行した。「娘日時計」では、木版画の常識の体の強い輪郭線ではなく、背景の色画面だけで肌の柔らかさを表現する画期的な画法が使われた。摺技法は「無線空摺」を使用し、鼻筋も無線摺りにした。この間に寛政3年蔦屋重三郎が山東京伝洒落本『仕懸文庫』が寛政の改革の禁令に触れ家財半分没収となり大きな打撃となり、山東京伝も手鎖50日の刑となる。
官能的な写実性を描く
一方、歌麿は名声が上がり、上村屋、近江屋など他の多くの版元から依頼された。それで、蔦屋との美人画の題材を離れ、もっと身近な官能的な写実性をも描き出そうとした。吉原最下層の切見世「北国五色墨」の「川岸」「てっぽう」「おいらん」「切の娘」「芸妓」で内面的な退廃美を描く。さらに全身像の「紅つけ」「化粧二美人」、揃物「青楼十二時」で外形的な官能美を描く。寛政10年ごろまでの美人画には美化だけでなく醜さや生活なども描いている。決して美しさだけではなく、生々しさや、汚濁もある実際の人を描いている。
やがて揃物・判じ絵『五人美人愛敬競』寛政7年-8年ごろ(1795年-1796年、美術館展示譜)の「兵庫屋花妻」手に持つ書状に”ひきうつしなし自力絵師”と書き「自成一家」印を使用し「正銘歌麿」と落款し下には「本家」と印するほどまでに、美人画の歌麿時代を現出した。また、絵本や肉筆浮世絵の例も数多くみられる。
寛政7年(1795年)「吉原仁和嘉」、「風俗浮世八景」、「婦人職人分類」が蔦屋から刊行されているが、複数の人物を一画面の全身像で判型が小ぶりの間判サイズでかなり表現力が落ちて蔦屋との関係にずれが生じているとの説がある。翌年には目立った揃物の刊行がなくなり、寛政9年(1797年)蔦屋重三郎が死去する。
錦絵の規制との戦い
歌麿は遊女、花魁、さらに茶屋の娘などをモデルとした。それらの美人画は、当時は理想化されあまり写実性は高くできず、『当時三美人』などは一見して歌麿風に描かれ顔が似ているように思われるが、顔立ちや表情、目や眉、鼻の微かな違いで3人を描き分けていた。鈴木春信や鳥居清長の型にはまった美人画を脱していた。そして、歌麿が取り上げることによって、モデルの名はたちまち江戸中に広まった。
これに対して江戸幕府は、「評判娘の名を錦絵に記してはならない」との寛政5年(1793年)の禁令を発令する。これに、歌麿は名前を判じ絵にした「高名美人六家撰」などで抵抗した。しかし、寛政8年(1796年)にはこの判じ絵も削除を命じられる。
しかし寛政7-8年(1795-96年)ごろには依頼される版元40を数え、濫作で女の背が高くなりしもぶくれの顔と類型化の様子を見せてくる。これで次の展開として「山姥と金太郎」シリーズであり、美人画に対する規制逃れの意味もある。
歌麿は自己の抱負を作品中に描き込むことが多いが、特に「錦絵歌麿形新模様」寛政9年(1797年)では、激しい。
- 他の画師を、「木の葉画師蟻の如く出生し、怪しき形を写し、異国までその恥を伝える。」と非難。
- 美人を描くには、容愛と美相が人の心を動かす。形があでやかで美しく風情あれば伝わる。私の筆意が伝わり許容していただけるように願う。
晩年~死去
50歳ごろ、再婚か同棲し、弁慶橋久右衛門町から馬喰町3丁目に引っ越す(艶本「絵本笑上戸」序文、享和3年〈1803年〉)。
1804年(文化元年)5月、豊臣秀吉の醍醐の花見を題材にした「太閤五妻洛東遊観之図」(大判三枚続)を描いたことがきっかけで、幕府に捕縛され、入牢3日・手鎖50日の刑を受ける。1804年(文化元年)「絵草紙取締令」で天正時代以降の武者たちを描くことが幕令で禁じられ、家紋・合印や人物の実名などの表示も禁止されていたが、秀吉の氏名・紋所、淀殿・北政所氏名、石田三成氏名とも描かれていた。これ以降、歌麿は病気になったとされる。版元たちは回復の見込みがないと知ると、逆に依頼が殺到したという。
2年後の1806年(文化3年)死去した。墓所は専光寺(移転前当時・浅草新堀端菊屋西側)現・世田谷区烏山。戒名は秋円了教信士。
門人
歌麿の門人には2代目歌麿、千代女、行麿、道麿、月麿、藤麿、喜久麿(菊麿)、秀麿、磯麿、あし磨、峰麿、可麿、此麿、花麿、年麿、竹麿などがいるが、師に比すべき絵師は現れなかった。当事の絵師、また後世の絵師たちに与えた影響は計り知れないものがある。亜流には、文浪、風養、千歌信、石上、石峰、谷馬、久信、晚器、白峨、舟調、英山などがいた。
作品
錦絵
- 『婦人相学十躰・婦女人相十品』 大判 揃物 寛政3年‐寛政4年ごろ
- 『歌撰恋之部』 大判5枚揃 寛政5年ごろ
- 『娘日時計』 大判5枚揃 寛政6年ごろ
- 『北国五色墨』 大判5枚揃 寛政7年ごろ
- 『青楼十二時』 大判12枚揃 寛政中期
- 『教訓親の目鑑』大判10枚揃 享和1年‐享和2年
- 「針仕事」 大判3枚続 寛政7年ごろ
- 「風流七小町」
- 「当時全盛美人揃 越前屋内唐土」 大判 東京国立博物館所蔵
- 「当時全盛美人揃 玉屋内しつか」 大判
- 「娘日時計」辰ノ刻・巳ノ刻・午ノ刻・未ノ刻・申ノ刻 大判 東京国立博物館所蔵
- 「相合傘」大判 東京国立博物館所蔵
- 「歌枕」
- 「針仕事」 大判3枚続の左 城西大学水田美術館所蔵
- 「山東京伝遊宴」 大判 錦絵3枚続 城西大学水田美術館所蔵
- 「音曲比翼の番組」 小むら咲権六 間判 城西大学水田美術館所蔵
- 「橋下の釣」 長判 城西大学水田美術館所蔵
- 「北国五色墨 切の娘」 大判 日本浮世絵博物館所蔵
- 「高島おひさ」 大判 大英博物館所蔵
- 「高島おひさ」 細判 ホノルル美術館所蔵 寛政5年ごろ 両面摺(一枚の紙の表面におひさの正面、裏面に後ろ姿を摺分けている。)
- 「歌撰恋之部 稀二逢恋」 大判 大英博物館所蔵
- 「見立忠臣蔵十一だんめ」 大判2枚続 東京国立博物館所蔵 寛政6年‐寛政7年ごろ 画中に歌麿自身が描かれている。
- 「青楼十二時 丑の刻」 大判 寛政6年ごろ ブリュッセル王立美術歴史博物館所蔵
- 「婦人相学十躰 浮気之相 大判 寛政4年‐寛政5年ごろ 東京国立博物館所蔵
- 「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」 大判、ホノルル美術館所蔵、日本国内所蔵家(初刷り2025年東京国立博物館展示、43年ぶりに公開) 寛政4年‐寛政5年ごろ
- 「歌撰恋之部 物思恋」 大判 寛政4年‐寛政5年ごろ ギメ美術館所蔵
- 「当時三美人」 大判 寛政5年ごろ ボストン美術館所蔵
- 「婦人泊り客之図」 大判3枚続 寛政6年‐寛政7年ごろ 慶応義塾所蔵
- 「絵兄弟 女三宮 寛政10年ごろ 近江屋権九郎版
- 「化物の夢」 大判 寛政12年ごろ フィッツウィリアム美術館所蔵
- 「当世踊子揃 三番叟」 大判 バウアー財団東洋美術館所蔵
- 「姿見七人化粧 鬢直し 」 大判 東京国立博物館所蔵
- 「遊君出そめ初衣裳」 大判 文化初期 総州屋与兵衛版
ボストン美術館のスポルディング・コレクションは、歌麿の浮世絵383点を所蔵。公開を長く禁止したため非常に保存状態が良く、すぐに退色するツユクサの紫色もよく残っている。
絵本
- 『画本虫撰』 絵入り狂歌本 天明8年
- 『歌まくら』 彩色摺艶本 天明8年
- 『潮干のつと』 絵入り狂歌本 寛政1年‐寛政2年ごろ
- 『[1] 狂歌江戸紫』 絵入り狂歌本 寛政7年 花江戸住編 歌麿は「奴凧図」を描く
肉筆浮世絵
関連作品
小説
- 邦枝完二 『歌麿』(のち『歌麿をめぐる女達』に改題) 新潮社、1931年
- 笠原良三 『小説歌麿』 ゆまにて、1975年
- 光瀬竜 『歌麿さま参る』1976年 ハヤカワ文庫、のち角川文庫
- 藤沢周平 『喜多川歌麿女絵草紙』 蒼樹社、1977年 のち文春文庫 竹麿、花麿、千代、滝沢馬琴らも登場。
- 高橋克彦 『だましゑ歌麿』 文藝春秋、1999年 のち文庫
映画
- 『歌麿をめぐる五人の女』:1946年 監督:溝口健二 歌麿:六代目坂東簑助
- 『歌麿をめぐる五人の女』:1959年 監督:木村恵吾 歌麿:長谷川一夫
- 『歌麿 夢と知りせば』:1977年 監督:実相寺昭雄 歌麿:岸田森
- 『北斎漫画』:1981年 監督:新藤兼人 歌麿:愛川欽也
- 『写楽』:1995年 監督:篠田正浩 歌麿:佐野史郎
- 『HOKUSAI』:2021年 監督:橋本一 喜多川歌麿:玉木宏
テレビドラマ
- 『だましゑ歌麿』:2009年、2012年、2013年、2014年、テレビ朝日、演者:水谷豊
- 『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』:2025年、NHK大河ドラマ、演者:染谷将太(幼少期:渡邉斗翔)(喜多川歌麿)、加藤虎ノ介(北川豊章)……喜多川歌麿と北川豊章を別人とし、豊章は後に志水燕十になったと設定している。
オリジナルビデオ
- 『歌麿おんな秘図』:1995年 監督:新村良二 歌麿:毛利賢一
漫画
- 『歌麿』 六田登(1998年-2000年、アクションコミックス。全6巻)
脚注
注釈
出典
参考文献
- 『浮世絵類考』1889年。
- 関根只誠『名人忌辰録 下』吉川半七、1894年。doi:10.11501/992152。
- 武田醉霞(著)、考古学会(編)「北川歌麿の墓に就て」『考古界』第6巻第9号、集成堂、1907年12月、472-481頁、doi:10.11501/11185701、2025年5月11日閲覧。
- 藤懸静也『増訂浮世絵』雄山閣、1946年、155-161頁。doi:10.11501/1068936。
- 吉田暎二『吉田暎二著作集:浮世絵師と作品第1』緑園書房、1963年。doi:10.11501/2500249。
- 菊池貞夫 著、菊池貞夫 編『歌麿の女絵』緑園書房〈原色版浮世絵文庫 2〉、1963年。doi:10.11501/2502268。
- 渋井清 『歌麿の世界』(『日経新書』) 日本経済新聞社、1968年
- 菊地貞夫『歌麿』保育社〈保育社カラーブックス〉、1972年。
- 渡辺守邦、狂歌「吉原連」「『いたみ諸白』、解説」『天明文学:資料と研究』。「『いたみ諸白』「吉原連」同人・喜和成(奥田幸蔵)追悼狂歌文集。天明3年4月19日摂津池田に客死。原文所収と解説」
- 由良哲次 編『総校日本浮世絵類考』画文堂、1979年。
- 日本浮世絵協会 編『原色浮世絵大百科事典 2』大修館書店、1982年。
- 楢崎宗重編 『肉筆浮世絵Ⅱ(明和〜寛政)』〈『日本の美術』〉 至文堂、1987年
- 吉田漱 『浮世絵の見方事典』 北辰堂、1987年。ISBN 4892871524
- 稲垣進一編 『図説浮世絵入門』 河出書房新社、1990年。ISBN 4-309-72476-0
- 浅野, 秀剛、クラーク, ティモシー編著『喜多川歌麿・解説編』朝日新聞社、1995年11月3日。
- 浅野秀剛「歌麿版画の編年について」『喜多川歌麿・解説編』1995年11月3日、47-54頁。
- 浅野秀剛「喜多川歌麿の伝統的事項と画業の概要」『喜多川歌麿・解説編』1995年11月3日、65-66頁。
- 瀬木慎一『日本美術事件簿』二玄社、2001年9月。ISBN 4-544-02034-4。
- 小林忠監修 『浮世絵師列伝』 平凡社<別冊太陽>、2006年1月 ISBN 978-4-582-94493-8
- 国際浮世絵学会編『浮世絵大事典』東京堂出版、2008年。ISBN 978-4-490-10720-3。
- 小林忠『ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選』小学館、2009年11月。ISBN 978-4-09-682038-4。
- 浅野秀剛『歌麿 決定版』平凡社〈別冊太陽 245〉、2016年12月。ISBN 978-4-582-92245-5。
- 洲脇朝佳「寛政期の歌麿と蔦屋重三郎」『國學院大學大学院紀要』第50巻、國學院大學大学院、2019年2月、69-92頁、2025年5月15日閲覧。
- 田辺昌子『もっと知りたい蔦屋重三郎 錦絵黄金期の立役者』株式会社東京美術、2024年。ISBN 978-4-8087-1315-7。
関連文献
直接出展・参照していない文献
- 『日本画家大辞典』1913年。「1907年(明治40年)12月発見報告の歌麿墓所過去帳すら参照せず感想的記事で出典不備」
- 林美一 『艷本研究 歌麿』 有光書房、1962年
- 井上ひさし・南原幹雄・佐藤光信 『歌麿の世界』(『講談社文庫』) 1976年
- エドモン・ド・ゴンクール(隠岐由紀子訳) 『歌麿』(『東洋文庫』) 平凡社、2005年。ISBN 4-582-80745-3
- 近藤史人『歌麿 抵抗の美人画』朝日新聞出版〈朝日新書〉、2009年1月。ISBN 978-4-02-273257-6。
- 山口昌男『内田魯庵山脈(下)』岩波書店〈岩波現代文庫〉、2010年。ISBN 978-4-00-600246-6。
関連項目
- 浮世絵師一覧
外部リンク
- 喜多川歌麿 – Google Arts & Culture
- 栃木市 とちぎ蔵の街美術館 喜多川歌麿と栃木
- 喜多川歌麿 – 美術手帖
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喜多川歌麿による浮世絵「Courtesans holding a flowering tree branch」
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